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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)24号 判決 1981年5月27日

原告 池沢剛吉郎

被告 特許庁長官

代理人 榎本恒男 飯塚実 座本喜一 ほか二名

主文

被告が、原告の実用新案登録出願(昭和五〇年実用新案登録願第三六八九六号)について、出願公開をしなければならない義務があることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実<省略>

理由

第一被告の本案前の申立について

一  本件出願は、本件原出願を原出願とする変更出願である本件変更出願を原出願とする実用新案法第九条第一項の規定において準用する特許法第四四条第一項の規定に基づく分割出願として出願されたが、本件出願に係る考案は本件原出願の願書に添附した明細書及び図面に記載されていない考案であり、分割要件を欠くものであるため、本件出願の出願日は、本件原出願の出願日まで遡及せず、現実の出願日である昭和五〇年三月一九日となるものであり、したがつて、本件出願は新法適用出願であること、原告は被告に対し、本件出願について昭和五一年九月一〇日付で本件審査請求をなしたが、被告は、昭和五二年八月一三日付で本件審査請求を、本件出願は旧法適用出願であるから出願審査の請求は不要であるとの理由で、不受理処分に付し、当該処分書を同年九月一三日原告宛発送し、右処分書はその頃原告に到達し、原告が法定の期間内に本件不受理処分に対する異議申立をしなかつたこと、及び特許庁審査官石井良和は、原告に対し、昭和五五年三月二八日、本件出願は新法適用出願として取扱う旨の本件通知を発送したことは当事者間に争いがない。

二  被告は、「本件審査請求に対する本件不受理処分は既に確定したものであり、したがつて、本件出願は新法適用出願であるにもかかわらずその出願の日(昭和五〇年三月一九日)から既に四年の期間が経過しており、かつ、右期間内に出願審査の請求がなされていないものであるから、実用新案法第一〇条の三第二項の規定において準用する特許法第四八条の三第四項の規定により取下げたものとみなされ、よつて、本件訴は現に特許庁に係属していない出願についての訴であり、訴の利益を欠き不適法なものである」旨主張し(三1、2)、原告は、「本件審査請求に対する本件不受理処分は重大かつ明白な瑕疵があるから無効であり、したがつて、本件審査請求は法定の期間内に有効になされたものであるから、本件出願は取下げたものとはみなされない」旨主張する(四1)ので、まず、本件不受理処分が無効か否かを判断する。

1  不受理処分は、一般に申請権を認められた私人がする行政庁への申請行為の形式的な瑕疵を理由に、当該行政庁が申請の実体についての審理その他の行為をすることなくその申請を拒否する却下処分であり、不受理処分をするについては法の根拠を必要とするものではあるが、法の明文の規定がなくとも、申請が申請として成立するために法によつて要求される本質的要件を備えておらず、しかも、その瑕疵が補正によつて治癒されえない場合には不受理処分をなしうることは法の当然に予定しているところと解すべきである。

2  原告は、第一に、「本件審査請求は実用新案法第一三条の規定において準用する特許法第四八条の四の規定に定める方式を遵守し、かつ、実用新案法第五四条所定の手数料を納付してなしたものであり、本件出願は旧法適用出願であるから出願審査の請求は不要であるとの被告の本件不受理処分の理由は形式的瑕疵には該当しない」旨主張する(四2(一)(1))が、本件出願が、仮に分割要件があり、本件原出願の出願日に出願したものとみなされ、したがつて旧法適用出願であるとすれば、出願審査の請求はそもそも不要な手続であり、よつてその場合、本件審査請求は申請が申請として成立するために法によつて要求される本質的要件を備えておらず、しかもその瑕疵が補正によつて治癒されえない場合に当たるものであるから、法の明文の規定がなくとも不受理処分をなしうることは当然であり、右のような瑕疵が形式的瑕疵に該当せず、右のような場合にも不受理処分をなしえないとする原告の右第一の主張は採りえない。

3  原告は、第二に、「本件不受理処分の右理由が形式的瑕疵に当たるとしても、右理由自体明らかに失当であるから本件審査請求には形式的瑕疵は存在しなかつたものであり、本件不受理処分は形式的瑕疵がないのにかかわらず、これありと誤認してなされたものであり、右誤認は重大かつ明白な瑕疵に該当する」旨主張する(四2(一)、(2)、(3)、(二))ので、判断する。

(一) 本件出願は分割出願として出願されたものであるが、本件出願に係る考案が本件原出願の願書に添附された明細書及び図面に記載されていない考案であり、分割要件がなく、したがつて出願日が遡及せず現実の出願日である昭和五〇年三月一九日に出願したものとみなされ、よつて新法適用出願となること、かつ、被告が本件出願は旧法適用出願であるから出願審査の請求は不要であるとの理由で本件不受理処分をなしたものであること前記一のとおりであり、右事実によれば、本件不受理処分時において本件出願が本来新法適用出願であるにもかかわらず、被告は旧法適用出願であると誤認していたこと、及び被告に右誤認がなければ本件不受理処分はなされなかつたものであることが認められ、よつて本件不受理処分における処分要件の存在を肯定する被告の認定における右誤認は重大な瑕疵であると認めるのが相当である。

(二) そして、<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。すなわち、分割出願として出願されたものである本件出願の願書にはその原出願である本件変更出願の出願番号が、また、本件変更出願の願書には本件原出願の出願番号が各記載されており、被告は本件不受理処分時において本件出願の願書から本件変更出願及び本件原出願の願書及び願書添附の明細書及び図面の存在及び内容を当然に知りうる状態にあつたこと(いわゆる分割出願の願書及び変更出願の願書において原出願の出願番号を表示することは法の要請するところである。――実用新案法施行規則第六条第四項において準用する特許法施行規則第二三条第四項様式一三及び実用新案法施行規則第一条第二項様式二参照。)、並びに本件出願における考案の名称が「給水設備から成る節水装置」であるのに対し本件原出願における発明の名称が「洋式洋風浴槽に装着した自動洗身装置」であること、本件出願における実用新案登録請求の範囲の記載が「A・B・2系統から成る、高架水槽式のB受水槽(2)に循環用水戻り本管(3)を結合して循環水路を構成した。給水設備から成る、節水装置。」であるのに対し、本件原出願における特許請求の範囲の記載が「洋式洋風(給湯式)浴槽に直射ノヅル(7)結合のかくはん器2基を装着した、自動洗身装置の構造。」であること、本件出願における考案の詳細なる説明の欄の記載と本件原出願における発明の詳細なる説明の欄の記載とが全く異なる内容であること(たとえば、本件出願における考案は「水の貴重なる地域での節水と、動力エネルギーの節減を計るを目的とした」ものであるのに対し、本件原出願における発明は「……浴用自動洗身するを目的とした」ものであるなど、そもそもその発明又は考案の目的からして全く異なるものである。)、更に本件出願と本件原出願の各願書に添附した図面が両者全く相異なるものであること、以上の事実が認められ、これらの事実によれば、本件出願は分割出願として出願されたものであるにもかかわらず分割要件がないこと、すなわち、本件出願における考案が本件原出願の願書に添附された明細書及び図面に記載されていない考案であることは、権限ある国家機関(特許庁審査官等)の判断をまつまでもなく、何人が認定してもほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかであつたことが認められ、よつて、本件出願が新法適用出願ではなく旧法適用出願であるとの被告の前記(一)の誤認は明白な瑕疵であつたものと認めるのが相当である。

(三) 被告は、「特許庁における分割出願についての取扱いによれば、被告が分割要件の方式審査をなし、続いて特許庁審査官が分割要件の実体審査をなすものであるが、本件審査請求がなされた時点においては、本件出願はその分割要件について被告による方式審査が終了し、方式要件は充足しているものと認定されていたが、未だ特許庁審査官による実体審査に付されておらなかつたため、分割出願すなわち旧法適用出願として取扱われていたものであり、したがつて本件審査請求は旧法適用出願に対しなされたものであるから出願審査請求としての本質的要件を欠くものであり、かつ、その追完をなしえないものであるから本件不受理処分は適法である」旨主張する(五2)が、しかしながら、本件出願は前記のように分割要件がないものであるから、被告が本件出願を分割出願(すなわち、本件においては出願日の遡及により旧法適用出願となる。)として取扱つてはならないことは法の要請するところであり、被告は、本来本件出願を、その現実の出願の日(昭和五〇年三月一九日)から分割出願として、すなわち本件の場合は旧法適用出願として、取扱うべきではなかつたものである(換言すれば、本件出願は分割要件がないものである以上、本来その現実の出願の日から新法適用出願となるものである。なお、特許庁審査官の発送した本件通知により本件出願が旧法適用出願から新法適用出願に変わるものではないことはいうまでもない。)。このようにして、被告が、本件不受理処分時において、本件出願を本来新法適用出願と認定すべきところを旧法適用出願と誤認したこと前示のとおりであることにかんがみれば、被告の右主張は、単に、被告が本件出願を旧法適用出願と誤認して本件不受理処分をなすに至つた経緯若しくは内部的事情を説明するものとして理解しうるにとどまり、そのような経緯若しくは事情の存在を肯認しうるとしても、それをもつて本件不受理処分を適法とすることはできない次第である。また、本件不受理処分時において、本件出願における考案が本件原出願の願書に添附された明細書及び図面に記載されていない考案であり、したがつて、本件出願は分割要件がなく新法適用出願であつたことは、本件出願及び本件原出願の願書に添附された明細書及び図面から、権限ある国家機関(特許庁審査官等)の判断をまつまでもなく何人が認定してもほぼ同一の結論に到達しうる程度に明らかであつたことは前示のとおりである以上、本件不受理処分における被告の右誤認が明白な誤認であつたことに変わりはなく、してみれば被告の右主張はこの点についての反論となるものでもない。

被告はまた、「分割要件の実体要件の判断は特許庁審査官がなすものであり、被告は分割要件の方式要件のみを判断するものであるから、本件不受理処分時においては分割要件の実体要件については被告はいかなる判断も行つておらず、これを誤認したとする原告の主張は理由がない」とか「分割要件の実体要件の判断は特許庁審査官の権限事項であるから審査官以外の者の判断は審査官の判断を左右しうるものではなく、何らの法的効果を生じることはない」旨反論する(五3(一)、(二))が、分割要件の実体要件の判断は特許庁審査官がなすべきものであることはもとより当然であるが、前記のように被告は本件出願は旧法適用出願であるとの理由で本件不受理処分をなしたものである以上、少なくとも被告はその処分時において本件出願を旧法適用出願であると判断して右処分をなしたものであることは否定しえないものであり、処分要件の存在を肯定する被告の認定に誤認が存したこと前示のとおりである以上、被告の右反論するところをもつて本件不受理処分を適法とするに至らない。

被告は、更に、「原告自ら本件出願を分割出願として出願しておきながら、本件出願を出願時から分割出願でなく通常の出願(新法適用出願)として取扱うべきであるとする原告の主張は矛盾する主張であり認められない」とか、「本件出願が出願時から新法適用出願として扱われるべきことにはならない」旨反論する(五3(三))が、本件出願は分割要件がないから、分割出願として、すなわち旧法適用出願として取扱われるべきではなかつたことは法の要請するところであること、本件出願がその現実の出願の日から新法適用出願となること前示のとおりである以上、被告の右反論するところもまた、本件不受理処分を適法とする理由とはならない。

なお、付言するに、特許庁審査官が本件通知を原告宛発送したのは昭和五五年三月二八日であり、本件出願の出願日である昭和五〇年三月一九日から四年を経過した後のことである。本件において被告の主張するような立場を採り本件不受理処分を適法と解すれば、原告としては、本件出願の出願日から四年以内の期間においては特許庁審査官による分割要件の実体要件についての判断がないため、本件出願は旧法適用出願であるとの理由で、出願審査の請求を受理してもらえず、右四年の期間経過後新法適用出願として取扱う旨の本件通知を受領した段階では既に本件出願は取下げたものとみなされるものであり、原告に出願審査の請求の機会を全く与えないこととなるが、このような結果が不合理であることは明らかであり、本件不受理処分が適法であるとの被告の前記各主張はこの点からも到底採りえないものである。

以上のように、本件不受理処分には被告の処分要件の存在を肯定する認定に重大かつ明白なる瑕疵があるから、同処分は無効である。

4  よつて、右のとおり本件不受理処分は無効であるので本件審査請求は有効というべく、本件出願はその出願の日(昭和五〇年三月一九日)から四年以内である昭和五一年九月一三日に出願審査の請求がなされたものであること前記認定のとおりであるから、本件出願が取下げられたものとみなされることを前提とする被告の訴却下の主張は失当である。

第二出願公開の義務について

一  実用新案法第一三条の二第一項の規定によれば、被告は新法適用出願であるすべての実用新案登録出願について、その出願の日から一年六月を経過したときは、出願公告をしたものを除き、出願公開をしなければならない法律上の義務を負う(被告に自由裁量の余地はない。)。

二  本件出願は新法適用出願であり、その出願日は昭和五〇年三月一九日であること前記第一、一のとおりであり、その出願日より既に一年六月を経過しているにもかかわらず、未だ本件出願について出願公告も出願公開もなされていないことは当事者間に争いがない。

被告は、「本件出願は出願の日から四年以内に出願審査の請求がないものであるから既に取下げたものとみなされたもので被告に出願公開の義務はない」旨主張するが、本件不受理処分が無効であり本件審査請求は有効であること、よつて本件出願は取下げたものとはみなされないこと前記第一に判示したところから明らかであるので、被告の右主張は失当である。

三  以上によれば、被告は本件出願について実用新案法第一三条の二第一項の規定に基づき出願公開をなすべき義務を負うものである。

なお、行政庁に対し作為義務の確認を求める訴については行政事件訴訟法に明文の規定はないものであるが、被告の出願公開の義務は前記一のように法律上覊束されており、被告に自由裁量の余地は全く残されていないこと、被告は本件出願は既に取下げたものとみなされる旨主張しており、原告は現状のままでは本件出願について特許庁による判断を受けられる可能性は全くないと思われること、他に適切な救済方法がないことを考慮すれば、本件については被告に対する作為義務の確認を求める訴も、当然、許されるものというべきである。

四  よつて、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秋吉稔弘 設楽隆一 水野武)

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